夕焼けの空を見上げながら、カノープスは溜息を漏らした。
今日は闇竜の月5日。
カノープスの誕生日である。
カノープスの誕生日を知っていて、一番気が回りそうな妹のユーリアも、親友のギルバルドもこの砦にはいない。次なる戦いの準備のために歩兵隊を率いて行軍しているために、別行動を取っている。
この砦にいるのはアーウィンドとランスロット、それからウォーレンで、彼らはカノープスの誕生日を知っているが、忙しく走り回っている三人が気にかけるような事柄でもない。
誕生日に一喜一憂するほどの年でもないし、戦の最中に誕生祝いなんてのんき過ぎると自分でも思う。それでも、どうしても何かを期待してしまう。
朝方からそわそわしていたのだが、夜が近づいた今も誰にも何も言われていない。期待はしていないと諦めながらも、少し寂しい。
木の枝に腰掛けていたカノープスは、膝の裏で枝を引っかけて逆さまになった。
「何してるの、カノープス」
「アーウィンド!?」
死角から声をかけられ、カノープスは慌ててアーウィンドの姿を探した。彼女はちょうどカノープスの真後ろの下にいた。
供を連れずに一人で行動するなど珍しい。ひょっとして、とカノープスの動悸が激しくなる。しかしアーウィンドの言葉でカノープスの期待は打ち砕かれた。
「そろそろ砦の中に戻りなさい。門が閉まるわよ」
「関係ねーよ」
「そりゃあんたは空を飛べるから閉門時間は関係ないかもしれないけど、規律はきちんと守りなさいよ。下の者に示しがつかないわ」
「分かってるよ! うるせーな!」
カノープスはぷいっと顔を背けた。目の端に、アーウィンドが腕組みして溜息をついているのが映る。怒っている様子はなく、むしろ悲しそうにしていた。
罪悪感にカノープスの胸が痛んだ。
怒鳴られた方が楽だ。カノープスはアーウィンドの悲しげな顔に滅法弱い。しかも今、その表情をさせているのは自分である。誕生日ごときに拘ってアーウィンドの表情を翳らせるなど、自分の子供さ加減に嫌気が差す。
それでもやはり、期待してしまうのだが。
「なあ」
「ん?」
「今日って、何月何日だっけ?」
「闇竜の月5日よ。それがどうかしたの?」
「なんでもねーけどさ……」
「あ!」
思い出してくれたか!? とカノープスはアーウィンドを注視した。
「明日、ゼノビアから武具が運ばれて来るんだった! アイーシャに連絡しなきゃ。ありがと、カノープス。おかげで思い出したわ」
「……どーいたしまして」
「早く戻りなさいよ」
「わーってるよ……」
カノープスは頭を抱えたい衝動に駆られた。
そりゃあ、俺の誕生日なんかよりも待望の武具搬入の方が重要事項だよな。というか、こいつってひょっとした俺の誕生日を覚えてないんじゃないか? ちゃんと教えたのに。俺はアーウィンドの誕生日を覚えているのに……。
カノープスはうじうじと考えながら、強(こわ)い赤毛に混じった枝毛をむしった。
「それからさ、カノープス」
「ああ?」
「その格好……みの虫みたいよ」
とどめの台詞に、カノープスは心底落ち込むのだった。
真夜中近く、カノープスはベッドに俯せになってまんじりと過ごしていた。
夕食の席でも、その後も誰も声をかけてくれない。
この際ランスロットでもウォーレンでもいいから一言言ってくれ! と願っていたにも関わらず、みんないつもどおりで、見事に『誕生日』という話題に触れなかった。
ここまで来ると、拘っている自分がアホらしくなる。
もう少しで今日も終わるな……と月を見上げると、そこにノックの音が振ってきた。
「カノープス、私よ。開けて」
カノープスはもの凄い勢いで飛び起きた。地面から浮いてしまった為に、翼をはためかせた程だ。戦闘中よりも素早い動きで扉まで移動したが、ノブに手をかけたところで躊躇する。
待ってましたとばかりに開けたら、それはそれで恥ずかしいのでは?
幾度か深呼吸した後、眠りを邪魔されて不機嫌そうな表情を作る。
「遅くにごめんね。寝てた?」
「ああ……」
あくびをかみ殺すような芝居をしながらアーウィンドを部屋に入れると、ベッドに気怠げに腰を下ろす。
アーウィンドは後ろ手に扉を閉めて、両手を後ろに回したまま突っ立っていた。
「どうした?」
「これ、なーんだ!」
背中に隠していたものを広げて見せる。それは渋い色合いの首飾りだった。
「首飾り?」
「そうよ! あんたにしてもらおうと思って、買って来たの!」
子供のようにはしゃいで無邪気に微笑むアーウィンドに、思わずカノープスの頬も弛む。
抱きしめて頬ずりしたいくらいに可愛いかったが、理性をフル稼働させてかろうじて防いだ。
「とりあえず、してみて。ね?」
アーウィンドに手渡された首飾りを受け取り、カノープスは不器用な手つきで留め金を止めた。
白金製だろうか。どっしりと重い。表面の模様もひどく細かく、名匠の手に寄るものではないかと推測できた。ひょっとしたらかなりのアンティークかもしれない。宝石などははまっていないが、それでも相当高価な物に違いない。
アーウィンドは解放軍のリーダーだが、解放軍の軍資金を私利私欲に動かしたりはしない。外出時に体裁を保てるようにと、ウォーレンがいくらか渡しているようだが、一般兵の給金とそう変わりがない。
今まで貯めていた金を使ったのだろうか。
カノープスは心配そうにアーウィンドを見上げた。
しかしアーウィンドは先程までの笑顔とはうってかわって、怪訝そうにカノープスを見下ろしている。
「……どうしてトゲトゲ首輪を外さないかな?」
「は?」
「合わないって思わない? トゲトゲと、その首飾り」
「……いいじゃねーか、別に」
「あんたが良くても、私が困るの。今まで言わなかったけど、あんたに抱えて飛んでもらってるとき、ずっとトゲトゲが恐かったのよ。顔に刺さりそうで。だからわざわざ買って来たのに」
「た……」
「た?」
誕生日プレゼントじゃなかったのか? と言いたかったが、寸前で飲み込んだ。
そうだよな、こういうヤツだよな。効率第一だよな。ケッ! 期待した俺がバカなんだよな。ああ、そうだよな! トゲトゲで悪いかよ。気に入ってるんだよ。ワイルドでいーじゃねーか。俺の真似してトゲトゲ首飾り(首輪じゃねえ!)をするホークマンとかバルタンとかレイブンとかもいるんだぞ!? 大体、飛んでるときにお前に刺さるような真似したか? これでも気ぃ使ってやってんだよ! 首飾りとお揃いのブレスレットだって、お前を抱いて飛ぶには危ないだろうと思ってはずしてやってたのに! 気に入ってたんだぞ、アレ。この無神経女!
カノープスの脳裏にもの凄い勢いでグチが去来する。
「外してみせてよ」
「い、や、だ」
「外せって言ってるでしょ!」
言うと同時に、アーウィンドはカノープスの両足を跨ぐような形で乗っかった。そのまま手をカノープスの首の後ろに突っ込んで、首輪を外す。
「お前! 何すんだよ!」
「あははははは! 日焼けしてるー!!」
「返せ!」
「やーだよー」
アーウィンドは首輪をベッドの端に放り投げた。両足を押さえ込まれているので、取りに行くことも出来ない。
「ほら。やっぱりこっちの方が格好いいわよ」
「嫌だっつってんだろ!」
「強情ね」
アーウィンドは両腕をカノープスの肩に乗せ、日焼けの残る皮の首輪の跡に唇を寄せた。
柔らかい唇の感触と微かな吐息が首筋をくすぐる。
アーウィンドはカノープスの髪の毛を優しく掴むと、そのまま抱きしめた。カノープスは一瞬で耳まで赤くなる。
「誕生日おめでとう、カノープス」
「覚えてたのかよ」
「勿論。忘れるわけないでしょ?」
吐息がくすぐったくて、カノープスは身じろぎする。
「じゃあなんで……」
「拗ねてるカノープスが可愛かったから」
アーウィンドはくすくす笑った。
「意地の悪い女だな」
「最高の褒め言葉ね」
カノープスの耳たぶをついばんでいたアーウィンドの唇が、再び首筋に降りる。
先程まで冷たかった白金の首飾りが、二人の体温で暖かくなっていた。
「なんか、革臭い」
「うるせえ」
カノープスはアーウィンドの細い腰を抱いた。
こうやって、キスの雨に降られているのも悪くない。
「……ありがとよ」
「どういたしまして」
アーウィンドはカノープスの前髪を上げて、額と唇に口付けをした。
続けて、長い赤毛をまとめていた紐をほどいて、髪の毛を広げる。
「いつも思うんだけど」
「あ?」
「翼があるから、押し倒せないのよね」
「お前が下になればいいだろうよ」
「そうなんだけど……なんか、悔しいじゃない?」
カノープスはくく、と喉を鳴らした。
勝ち気で、意地が悪くて、毒舌で、高慢で。それから人を試すのが好きなろくでなしで、素直じゃなくて。
だけど、時折漏らす訳の分からない一言がこの上なく可愛らしい。
俺ってこんなに趣味が悪かったか? と思いながら、カノープスは両腕でアーウィンドを抱きしめた。
「まあ、せっかくだから、この首輪してやるよ」
「首飾りでしょ?」
「首輪だろ」
その後、解放軍有翼人部隊では似たような幅広の首飾りが流行する事になる。
それはまた、別の話。
高原朱梨様のサイト「Diamond Lily」に掲載いただいた短編です。
「Diamond Lily」掲示板での「カノープスのトゲトゲ首輪があったらオピといちゃつく時に邪魔」という朱梨さんの発言に妄想中枢を刺激されて、一気にノリノリで書き上げてしまいました。
朱梨さんの伝説のオウガバトル長編主人公、アーウィンドをイメージして書いたのですが、なんだかうちのミカエラみたいな感じです。「アーウィンド」を「ミカエラ」と読み替えても変わらないような…キャラの書き分けができていない、とも言います。もっと精進します。
朱梨さん、その説はいきなりこんなものを送ってしまったのに、快くお受け取りいただいてありがとうございました。
さらにこの短編をイメージして朱梨さんが描いて下さった素敵イラストがこちらです。
この素敵イラストを拝見してから、カノオピ魂に火がついてしまいました。長編はランオピの予定なのに、どうしよう…。