花酔い

 ミカエラの姿が見あたらないのですが、とウォーレンがそわそわし始めたのは正午の鐘が鳴る少し前だった。
 最初に指導者探索を頼まれたのはカノープスだった。
 彼ならば空を飛べるし、目も良い。ミカエラが立ち寄りそうな場所もよく知っている。すぐに彼がミカエラを抱えて戻るだろうと思っていた。
 ところが一刻ほどして彼は、「どこに行きやがったんだ、あいつ」とむくれながら帰ってきた。
 そこで仕方が無く私が出かけることになったのだが……。
 満開の花の下で午睡をむさぼるミカエラを発見し、私は溜息をついた。
 カノープスが見つけられなかった理由が分かったのだ。
 薄紅の花をつけるこの木は見上げるほどの大きさがある。その上、空が霞むのではと思われるほどに咲き誇っている。
 この花の下にいたのなら、空飛ぶカノープスの目には映らなかっただろう。
「……あ、ランス?」
 あと10歩ほどの距離でミカエラは目を覚ました。
 あ、ではないだろうと憤慨に似たものが沸き上がる。
 何から咎めれば良いのやら。
 昼食に遅れれば給仕兵の手間が増える。
 平時とはいえ、指導者たる彼女が3刻も砦を開ければ皆が不安になる。
 それから、いくら春めいた季節になったとはいえ、まだ肌寒い。体調を崩しでもしたら大変だ。
 案の定、目覚めた彼女は肩を抱えて震えた。
 念のためにとショールを持って来ていたが、本当に役に立つとなると腹立たしいものだ。
「かけなさい」
「ありがと」
 肩にショールをふんわりと乗せ、花びらをたたき落としながら気怠そうに立ち上がる。
「ミカエラ」
「ん?」
 後頭部に一枚花びらが絡まっていた。自分では見えないので分からないのだろう。
 指摘しようと思ったが、寸前でやめた。これくらいの復讐はしてもいいだろう。我ながら子供じみていて馬鹿馬鹿しいのだが。
「ねえランス、この花の名前、知ってる?」
「知らないのか?」
 私が知っていることで、彼女が知らないことがあるとは思っていなかった。
 彼女は元々驚くほど博識な上に、何気なく見たり聞いたりするだけで物事を覚えてしまうのだ。
「私が生まれたところにはなかったもの」
「……ああ、そうか」
 彼女は常夏の国に生まれたと聞いている。
 土地が違う上に四季がないのだから、知らなくても当然だ。
「すまなかった」
「別に謝らなくてもいいのよ」
 律儀なんだからと呟きながらミカエラが小さく笑う。
 ねえ、どんな名前なの、どんな特徴があるの。
 そう尋ねる彼女は、平常の戦女神と呼ばれる猛々しい女性とは別人のようで、ひどく幼く、また可愛らしく見える。
「この花は一年に一度だけ咲く。春になったら……いや、暖かくなったらか。ただ、満開になったらすぐに散ってしまうのだ。だからこの花は人の死に例えられることもある」
「そうなの。……儚いから、こんなにきれいなのかしら?」
「そうかもしれないな。だが逆に、毎年必ず咲き誇るこの花を死から再生する生命の輝きに例えることもあるのだ」
「へえ……。ランスって意外に物知りね」
「意外は余計だ」
「やだ、その言い方ウォーレンみたい」
 くすくすと、殊の外楽しげに笑う。
「さあ、戻るぞ」
 声色が憮然としているなと自分でもわかる。
 彼女にからかわれるのは日常茶飯事なので慣れてはいるが、だからといって達観するほどの境地には達していない。私は聖人ではないのだ。
「ねえ、ランス」
 楽しい悪戯を思いついた、といった風情でミカエラが振り返る。
 ああ、またこのひとは何を言うつもりだろう。
 つい身構えてしまう。

「この花、来年も一緒に見れたらいいね」

 いささか、驚いた。
 彼女が約束めいた事を口にするのは初めてだ。

「どうしたの、ランス?」
 どうやら私はかなり長い間沈黙していたらしい。
「私、何か悪いこと言った?」
「いや、違う。そうではない」
 それでもミカエラは心細そうに私を見上げている。
 申し訳ないことをした。
「貴女さえ良ければ、一緒に見よう。来年も」
 するとミカエラは驚いたように大きく目を見開き、そして破顔した。
「うん、一緒に見ようね」
 満面の笑顔で、とても嬉しそうな声で。
 そのまま彼女は私の左腕を抱いた。
 なんということだ。これではまるで。
 かっと顔が熱くなる。
「こら、やめなさい!」
「いいじゃないの。ケチ」
「ケチ……とは……」
「お腹減っちゃった。早く帰ろ」
 有無を言わさず私の腕を引きずって歩き出す。
 早くも何も、貴女がこんなところで眠っていたから昼食に遅れたのであって。
 私はそれを探しに来ただけで、貴女を引き留めたのではなくて。
 溜息をつきながら視線を落とす。
 ミカエラの後頭部には、まだ先程の花びらが絡んでいた。
 砦に戻る前には取っておいてやらないと。
 今は片腕が塞がっているので無理だけれど。

 2004.3.21の日記におまけとしてつけていた妄想ショートショート劇場です。
 春になって暖かくなって脳みそが沸いてたのと、桜の花が待ち遠しくてつい。
 もともとはキリリク用のネタを短くしたもので、勢いで書いただけあってツッコミ所満載です。ランスロットがミカエラにベタ甘で性格違う人になっちゃってます。「ランスロット、左腕塞がってても右手で取れるでしょ」というツッコミは禁止の方向でお願いします。
 それにしても甘々ランオピってはじめて書きました…。